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第3話 「親友の救い」

Author: 詩乃宮
last update publish date: 2026-06-30 11:00:54

 ———とあるボロアパートの一室。

 それは皇との通話が繋がった瞬間だった。彼はいてもたってもいられずに声を上げた。

「だーっはっはっはっはっ!」

 その笑い声は歓喜の笑い声だった。また、あいつ———皇の側にいられる、皇を助けることができる。そんな思いで、口がはやる。

「はははっ、聞いたぞ!いや、どこから聞いたかは言えねぇが!覚悟はとっくに決まってんだろ?俺様を頼るんだろ?今夜から寝るところがねぇって話じゃねぇか!はははははっ」

 そんないてもたってもいられない風にはしゃぐのは、身長は自動販売機より少し大きいぐらい。茶髪を無造作に後ろで束ねた、少し目つきの悪い———甲斐堂 薊と言う男だった。

 薊は通話先で沈黙を保つ皇に対して、出方を待つ。……と、同時に少し過度に明るく接し過ぎたか、とも不安を覚える。

 もしかしたら、家族との別れを惜しんでいたかもしれない、もしかしたら、家から離れたくなくて、その現実を受け入れられないのかもしれない。

(ヤベ、ミスったかァ……!?)

 薊は内心焦りながら、電話先の反応を待っていれば———。

「ありがたき幸せに存じます、大旦那様! 今すぐ荷物をまとめてご恩にすがりますゆえ、どうかこの私めをお見捨てなくぅぅ」

 そんないつも通り、というか、いつもより少しふざけているような皇に内心ホッ、と息を吐きながら言うのだ。

「はっはっはっ、まあ、つっても極狭ボロアパートなのは容赦しろよ?皇んちに比べれば犬小屋もいいところだからな」

「めっそうもございません!広いだけしか取り柄のない我が家と違って様々な知恵と工夫が取り込まれているじゃないですか~」

 少しの応酬で皇が気落ちしていないことを確認すれば、薊はその様子にニッ、と口角を上げて言うのだ。

「つーことで、アレか。今日は引っ越し祝いになるのか?」

 そう言うと、間が開く。すると、電話先で空気を吸い込む音が聞こえる。

(これは)

 それは、皇の考える時の癖だった。そして。

「たし、かに……?ていうことは……?」

「つーことは……」

「「焼肉だぁああああああああああああああぁ!」」

 そんな風にハモるのがまた嬉しくて、薊は他の住人の迷惑も考えずにハネた。

 そうして、皇と家で焼肉をするかちょっと奮発して店にでも行くか、なんて話をしだす。

 ---------------------------------------------------------------

 ———遊城家皇の部屋。

 薊との会話で大分気分も軽くなる。そんな会話の中で思い出すのは薊との出会いだった。

 薊との出会いは約10年前、大学1年生の時の一般教養の選択講義だった。

〝では、近場の人とグループを組んでください〟

 そんな教授の言葉。だけど、皇と組もうとする人間はいなかった。遊城の家の人間に皆近づこうとしなかったのだ。

 理由は簡単だ。遊城の人間は非常に優秀である……つまり、遊城の人間と組むということはその功績を取られる覚悟をしなくてはいけない。そんなことを許せる人間がいなかったのだ。

〝まあ、当然か……〟

 そんなことを思いながら、皇は1人でこのグループワークに挑むことを覚悟したそんなとき。

〝お前、1人か?〟

 そう声をかけてきたのが薊だった。

 皇が遊城の人間であるということも気にせず、声をかけてくれた。そして、それ以降大親友にして悪友として皇のことを助けてくれたり、たまたま皇が薊のことを助けたり———。持ちつ持たれつを続けて今に至る。

「俺が最寄りついたら連絡するから迎えに来てくれないか?」

 皇がそう提案すれば薊は唸り声をあげて「でもよぉ」と言うのだ。

「そうすると、30分ぐらいてめぇを待たせることになるぜ?」

「それぐらい構わねーよ。お世話になるのは俺だからな。……それに、どれぐらいでこの魔窟を脱出できるか分からないんだよな」

 これは事実。此処から荷物も纏めなければいけないし、なによりこの遊城家という魔窟を抜けるのにどれだけ時間がかかるかは分からない。最悪、難癖つけられて荷物を剥奪されるかもしれない。

 すると、薊はそんな皇の事情を察してか知らずか。

「パンツまでなら貸してやれっから」

「いや、コンビニで買うわ」

(誰がなにが悲しくて男友達のパンツを借りるかァ!)

 内心そんなことをツッコミつつも。まあ、これぐらいのボケは皇と薊の間では平常運行だった。

「じゃあ、連絡待ってるからな!ビールも冷やしておくからな!連絡しろよ!」

「おう、心ウキウキワクワクしててくれー」

 そんなやり取りをして皇は通話を切るのだった。

(なんというか……いつもより薊に気を使われた気がする)

 通話を切って、そんなことを思う。だが、皇はそんなことを考えて、まあ、家を追い出された人間が目の前に居たら気は使うか、と1人納得をするのだった。

 瑠奈がつけた明るい部屋の中、あまり私物のない自身の部屋を見回す。

 この家、遊城家は実力主義だった。欲しいもの、行きたい場所、その全てを勝ち取るには実力を示さなきゃいけなかった。

 だから、皇とは違い才能に恵まれた妹や弟は欲しいものができる度に、その実力を示した。そして。

(示せない俺は人として最低限のモノしか与えられなかった)

 そんな皇の私物は僅かな私服と遊城の家の長男として表に出るためのスーツが2着、あとは僅かなパンツに成人祝いに情けで送られたブランド財布。あとはさっき瑠奈が置いていった、デメテールのみだ。

 それらを小さな旅行用のスーツケースに押し込めば、皇の28年の人生がコンパクトに全て纏まった。

「本来なら寂しさとか感じるんだろうな……」

 でも、寂しさは感じなかった。いや、むしろ、薊のおかげだろう。大分気分は晴れていて。

 この家を追い出されるのではない、自身から出ていく。それが皇が自身に与えてやれる最上の結末だ。

「ていうか、デメテール転売いけるか……?」

 デメテールは発売してそこそこ経って尚、売り切れを頻発させている幻のゲーム機。

 これを売り捌けば、2か月ぐらいは働かなくてもいいんじゃないだろうか、という思いが彼の胸をよぎった。

---------------------------------------------------------------

 そうして、皇はスーツケースを転がしながら遊城の家の廊下を歩く。

 遊城の長男が予定にない大荷物を転がしながらどこかへ行こうとしているというのに、執事もメイドも気に留めることはなく。

(はは、俺はもう此処には居ないんだな……)

 彼はもう遊城 皇ではない。ただの皇、いや、名前すらもう勝手に変えてもいいのかもしれない。そんな彼の頭上から声が降り注ぐ。

「くすくすくす」

「くすくすくす」

 それはあからさまな冷笑であり、嘲笑であり———皇の全てを嘲笑っていた。でも、そんな感情を向けてくる相手でも、それは家族で。それは可愛い弟、妹だ。

 吹き抜けの廊下から上を見上げれば、予想通り妹と弟と視線が合って。

「いやだ、目があっちゃった」

「能無しが俺たちを見上げる権利があると思ってるんだ」

「生意気」

 才能のない者は価値がない。価値がない者が価値のある者に逆らってはいけない。それは遊城の家のルール。

 そのルールは皇の骨にも染みついていて、そんな嘲笑をへらり、と皇は受け流した。そして、もうすぐ屋敷の外。これで自由だ、そう思うと足が逸って。浮足立ちながら煙草に火を点けようと、胸ポケットから煙草を取り出し、一本口に咥えて火を点ければ———。

「ちょっと待って」

 凛とした声が響いた。

(え、俺を止める人間がいる……?本当にスーツケースすら置いていかされるか?)

そんな心配を抱きながら、皇はゆったりとした足取りで振り向く。

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